明石の白猫さん。です
2020年3月30日スタート NHK朝ドラ・連続テレビ小説「エール」
語り・ナレーションは人気声優のツダケンこと、津田健次郎さんに決定しました。
津田健次郎さんは無類の映画好きで知られ、中高生から名画座やミニシアターに通い、自身でも「映画館が僕のルーツ」と語っています。
- 映画好きで知られる津田健次郎さんの好きな映画・オススメ映画は何か?
- 映画を好きになった理由はなぜ?
- 将来の夢はある?
過去のインタビュー記事などを参考にし、調査してみました。
目次
津田健次郎さんが名画座(めいがざ)で見ていた映画
名画座とは主に旧作映画を主体に上映する映画館の総称である。
名画座の番組編成は、単に作品を寄せ集めたものからテーマ別に作品をそろえて上映しているもの、また比較的最近に公開された映画を中心とするものや、公開年次に限らず上映するものまで、形態はさまざまである。
かつて封切られて1年以内の作品を上映する映画館は「二番館」「三番館」と呼ばれていたが、現在ではその種の映画館も名画座に含まれている。
興行形態は2本ないし3本立てで上映することが多く、入場料金は1,000円前後。
作品ごとの入替制がなく途中入館が可能であることが多い。
1980年代以降、レンタルビデオやケーブルテレビ、DVDの普及により需要が少なくなり、全国的に館数は減少傾向にある。
出典: ウィキペディア
名画座は旧作映画ではありますが、評判のよい映画を厳選されて映画ファンが集う事で有名ですね。
学生時代だったかな、名画座というものに目覚めまして。
当時、戎橋のたもとにあった名画座が好きでしたね。あと梅田にも名画座がありました。
「古い映画を見に行こう」と誘っても誰も一緒にいってくれないので大抵一人で観に行っていました。
出典:ウォーカープラスニュース
戎橋のたもとにあった名画座といえば、有名な戎橋の「グリコの看板」の斜め前「戎橋劇場」でしょうか。
梅田で有名な名画座だったところは「大毎地下劇場」だろうなと思います。
いずれも時代の流れで閉館となってしまいました。
津田健次郎さんが名画座で見ていた映画はこれです。
チャップリン
津田健次郎さんはチャップリンについてこのように語りました。
チャップリン、とてもいいですよ。
喜劇王といわれるのがよくわかりますし、チャップリンは踏んでおいて損はないと思います。
『街の灯』か『モダン・タイムス』あたり、どうでしょうか。
モノクロでセリフがないからとっつきにくいと感じるかもしれませんが、だまされたと思ってぜひ観てほしいですね
出典:ライブドアニュース
喜劇王チャップリンの作品はユーモアや笑いだけでなく、その奥に垣間見えるのは社会や政治への批判や人々の哀しみや怒りです。
単純な喜劇、コメディアンの域を超えて人々に支持された所以ですね。
チャップリンのようにマルチな才能は、津田健次郎さんの中にも通ずるものがあるように思います。
オードリー・ヘップバーン
ヘップバーンが演じた王女アンは、美しさのみならず聡明さやユーモラスさも兼ね備えた魅力的な女性で終始クギヅケにさせられました。
中学生~高校生にかけての津田健次郎さんは、名画座でヘップバーンの特集を見まくったそうですよ。
「エデンの東」など古い映画多数
「エデンの東」は1955年のアメリカ映画、言わずとしれた「ジェームス・ディーン」はこの映画で実力、人気ともに不動の地位を築きました。
津田健次郎さんは中学生にしてこのような古い外国の映画に夢中になりましたが、思春期だった彼は同年代に流行している事柄に全く馴染めず、古い映画を観るとほっとしたのですって。
映画好きな母親の影響もあったみたいです。
ミニシアターで観ていた映画
ミニシアターとは、日本の映画館のうち大手映画会社の直接の影響下にない独立的なものを指す呼称である。
出典:ウィキペディア
ミニシアターはスポンサーのしがらみなく「良い映画」「上質の映画」が厳選され、真の映画ファンが集っているイメージですよね。
昨今ではそんなミニシアターも少しずつ減ってきているのが残念でなりませんが。
大阪にミニシアターが登場しまして。
名画座とはまた違った、ヨーロッパやアメリカの前衛的な映画に傾倒しました。
出典:ライブドアニュース
ストレンジャー・ザン・パラダイス
リンクジム・ジャームッシュ「ストレンジャー・ザン・パラダイス」は1984年のアメリカ映画で、津田健次郎さんが今でもお好きな映画です。
モノクロで淡々とした日常の描写で、大事件もドラマも何も起きず、ふたりの男と従姉妹の3人でただフラフラしているだけの映画なのに「これめちゃカッコいい!!」と衝撃を受けたそうです。
私も観ましたが、飾らないのにカッコいい映画とはこの事だと思いました。
万人受けではないのかもしれませんが・・・。ジム・ジャームッシュのセンスに感服です。
なんとなくですが、津田健次郎さんがカメラが趣味だったり、このような映画を一押しされるのはわかる気がしますよ。
田舎の日曜日
リンク「田舎の日曜日」は1984年フランス映画です。
津田健次郎さんの感想は「え、これで終わり?っていう内容なのにフランスの田舎の美しい風景が脳裏に焼き付いて、誰も死なないし、誰も喧嘩しないし、でもすごくいい映画」と評しています。
私も観ましたが、フランスらしいと言いますか、美しさにこだわりつつもそれを感じさせないのも良いですね。
「アート系」って、中高生でこの感じが好きっていうのはやっぱり万人受けではないけど、好きな人は大好きですよね。
津田健次郎さんの言葉を借りると「ミニシアターにはぶっ飛んでいる作品がいろいろあった」そうです。
台風クラブ
リンクDVD、今となってはレア物のようですね。
「台風クラブ」は1985年 相米慎二監督作品。
津田健次郎さんはこの映画を「10代のみんなにオススメ」とのお題で紹介していました。
「一見して理解しがたい内容ですが、そこに中学生が抱えている不安定さみたいなものが色濃く出ていてその感覚がすごくリアル」と評しています。
スポンサーリンク 津田健次郎さんが映画好きになった理由はなぜ?
育った環境
- お母さんが映画好きで、よく映画館へ連れていってくれた
- 父方の伯父さんが映画館の株主優待で映画の無料チケットが手に入る環境だった
なんと言っても、まずは育った環境が1番にありますね。
少年時代に感じていた悩みや違和感
津田健次郎さんの中学生~高校生時代は生徒会長をしたりどちらかといえば目立っていたほうだと思います。
しかし思春期の頃、世の中がいいと言うものや、周囲で流行っているものが好きと思えない自分がいたみたいです。
学校は楽しいのですが、学校生活では埋められないものを感じている少年でした。
そんなモヤモヤした気持ちが、映画館に行くと落ち着いて、津田健次郎さんにとって居心地が良かったのです。
映画館では、自分よりはるかに吹っ切れた感性を堂々と世の中に投げている人たちがいる。
「こういう人たちもいるんだな」と思うと、救われるといいますか、勇気が湧くといいますか。
自分と世の中のリンクが難しかった時期に、映画が自分と世界の橋渡しをしてくれた。
じゃあ僕らの言語は何かっていうと、やっぱり「表現が言語になっていく」という感覚が今もあるんです。
出典:ライブドアニュース
思春期には私も社会との矛盾、生きることの意味、自分とは何かなど、考えていたものです(笑)
津田健次郎さんにとって、そんな悩みを忘れさせてくれたのが映画の存在なのでしょうね。
そして今は表現をするという立場になり、第一線でご活躍なさっている事も、中高生でそのような経験があったからこそですね。
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津田健次郎さんの夢は何?
津田健次郎さんの夢はズバリ、「映画を撮ること」です。
もともと映画を撮りたくて明治大学へ進学し演劇を学んでいたものの、ひょんな事から演ずる側に回り、そして大成功を収めた津田健次郎さん。
ただ当初の夢である「映画を撮る」という夢は、今も変わらず、心の奥底に大切にしまってある夢のようですね。
今や声優・俳優業のみならず、舞台や映像の制作にまで携わっておられますが、1番の夢だった映画を撮ることが近い将来に実現するのでしょうか。
そうなると、ますます楽しみではありますよね。
津田健次郎プロフィール
津田健次郎
- 本名:津田健次郎
- 生年月日:1971年6月11日
- 血液型:O型
- 身長:170センチ
- 体重:53キロ
- 出身地:大阪府
- ニックネーム:ツダケン、つんちょ、ケン坊
- 趣味・特技:カメラ、バイク
- 所属事務所:アミュレート
1995年にテレビアニメ「H2」で声優デビュー。アニメや洋画の吹き替え、ナレーション、ラジオパーソナリティーとして活動。
近年は役者業以外にも映像監督、舞台演出なども手掛けている。
津田健次郎のおすすめ映画は?映画館好きな理由に将来の夢は?まとめ
津田健次郎さんは思春期の時代に、映画に親しみ、そして映画に救われてこられましたが、今となっては演じる方になり、大活躍の様子で何よりです。
映画館に足繁く通い、積み上げてきた感性が現在のキャリアへと繋がっているのだなと思いました。
多くの作品に出演し引っ張りだこの津田健次郎さんがナレーション・NHK連続テレビ小説「エール」で、どんな語りを聞かせてもらえるのか、楽しみで仕方ないです。
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